Surround yourself with inspiring people.

いつも仕事の合間にやってるタンブラーへのスクラップをやってると、見事に胸の開いたセクシーな女性がディスプレイ全面に映っているタイミングで、上司が僕の後ろを横切った。

eHehe。

たまにある。別に、「空いた時間に気になるサイトを見てる」だけなので問題なんて無いのに、なんか気まずい。

僕が特段豊かな胸に興味がないなんてことは、およそボスには関係ない。
 
 
 
◆◆◆

今日は割と重い仕事(手をつけ始めてからもう4ヶ月目だ)が午前中で一区切りして(といってもまだまだ続くんだけど)、午後はゆっくりしてる。

面倒になりそうだと構えていた打合せも案外すんなり終わった。

一息ついてデスクに向かって背伸びした。
 
 
 
新しい曲の構成や歌詞、バンド関係の諸々。

新しいTシャツやホームページの構想、今後自分が「デザイン」や「モノ創り」にどう関わって生きていこうかなといった諸々。

クーラーの若干効き過ぎな職場でホットホーヒーを飲みながら、そんなことに思い耽っていた。

生活するということ。

どう生きていくかということ。

生まれて死ぬまでの人の一生。

先日たまたま、ある「人の一生」を故人の弟さんがブログの記事で触れていた。

人は生まれて死ぬまでに、何を経験し、何を思い、何を見つけ、何を信じるのか。

そして、はたまたそれらが一体何だっていうのか。

自分が死んで、自分の人生が完結したとして、その一生を誰かが(どんなカタチでも)書き起こしてくれたとする。

それはどんな描写なんだろう。

どんなボリュームで、どんな質なんだろう。(どんな質だと自分が感じるんだろう)

死んだ記念に、あの世への土産に、自分の一生を記した何かを持たせてくれたら、間違いなく一生モノになるだろう。

高校の卒業アルバムみたいに、他人に見せたり、見せてもらったりできるかもしれない。

 自分は何を知っているか?
 何を望むことができるか?
 何をなすべきか?

カントの三つの提言のうち、僕が今答えることができる問いは無い。

今までも答えることはできなかったけど、もしかしたらこの先答えることができるかもしれない。

あなたは果たして答えられる答えをお持ちだろうか。
 
 
 
 
◆◆◆

昔からブログの更新が止まるか疎かになる時は、とびきり良いことか、とびきり悪いことのどっちかがあるからだ。

楽しすぎて更新できないか、目を逸らしたり考え込んでできないか。

5月に入ってから更新が止まったのは、両方があったから。

色々あったので、自分でまったく整理がつかない日が続いた。

何にしても、その期間自分が足踏みしてしまい、足を引いたことが気をもんでやまない。

そして、この期間で考えさせられたこと、感じたことは、僕をひとつの確信へと強い力で持っていった。

大きな虚しさの渦は、はっきりとそのカタチを僕に見せつけてくれた。

/////

コツン と小石を投げつけてくれたのは、僕にとって意外なところからだった。

胸を掻きむしるような強い想い、自分を寡黙に燃やし続けている人の言葉にはっとさせられた。

足踏みしている自分と、足踏みしてる場合じゃないことに気付かされた。

素直に感謝したいと思うし、自分を見失ってた自分に閉口した。
  
 
 
 
「あなたは幸福ってとても重要だとお考えになりますか?」

「幸福とは、生死に関わるほど重大であると同時に、問題にもならないくらい些細なものだとお答えしたら、わたしを気違いじみているとお思いになりますか?」
 
 
 
/////

さて、今週も週末を迎えたわけで、今夜は今日の、今週分の味がするビールを叩き込みたいとおもうわけで。

「〜したい!」と誰かが言うならば、その気持ちを最大限尊重することは、いかに難しいかは誰しもが知ってることなので、優しく微笑んでいられるようになりたいものです。

それでは、ミスティーで、スパイキーで、ボールドな週末を!

レッツshimokitazawa♪