
いつも仕事の合間にやってるタンブラーへのスクラップをやってると、見事に胸の開いたセクシーな女性がディスプレイ全面に映っているタイミングで、上司が僕の後ろを横切った。
eHehe。
たまにある。別に、「空いた時間に気になるサイトを見てる」だけなので問題なんて無いのに、なんか気まずい。
僕が特段豊かな胸に興味がないなんてことは、およそボスには関係ない。
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今日は割と重い仕事(手をつけ始めてからもう4ヶ月目だ)が午前中で一区切りして(といってもまだまだ続くんだけど)、午後はゆっくりしてる。
面倒になりそうだと構えていた打合せも案外すんなり終わった。
一息ついてデスクに向かって背伸びした。
新しい曲の構成や歌詞、バンド関係の諸々。
新しいTシャツやホームページの構想、今後自分が「デザイン」や「モノ創り」にどう関わって生きていこうかなといった諸々。
クーラーの若干効き過ぎな職場でホットホーヒーを飲みながら、そんなことに思い耽っていた。
生活するということ。
どう生きていくかということ。
生まれて死ぬまでの人の一生。
先日たまたま、ある「人の一生」を故人の弟さんがブログの記事で触れていた。
人は生まれて死ぬまでに、何を経験し、何を思い、何を見つけ、何を信じるのか。
そして、はたまたそれらが一体何だっていうのか。
自分が死んで、自分の人生が完結したとして、その一生を誰かが(どんなカタチでも)書き起こしてくれたとする。
それはどんな描写なんだろう。
どんなボリュームで、どんな質なんだろう。(どんな質だと自分が感じるんだろう)
死んだ記念に、あの世への土産に、自分の一生を記した何かを持たせてくれたら、間違いなく一生モノになるだろう。
高校の卒業アルバムみたいに、他人に見せたり、見せてもらったりできるかもしれない。
自分は何を知っているか?
何を望むことができるか?
何をなすべきか?
カントの三つの提言のうち、僕が今答えることができる問いは無い。
今までも答えることはできなかったけど、もしかしたらこの先答えることができるかもしれない。
あなたは果たして答えられる答えをお持ちだろうか。
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昔からブログの更新が止まるか疎かになる時は、とびきり良いことか、とびきり悪いことのどっちかがあるからだ。
楽しすぎて更新できないか、目を逸らしたり考え込んでできないか。
5月に入ってから更新が止まったのは、両方があったから。
色々あったので、自分でまったく整理がつかない日が続いた。
何にしても、その期間自分が足踏みしてしまい、足を引いたことが気をもんでやまない。
そして、この期間で考えさせられたこと、感じたことは、僕をひとつの確信へと強い力で持っていった。
大きな虚しさの渦は、はっきりとそのカタチを僕に見せつけてくれた。
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コツン と小石を投げつけてくれたのは、僕にとって意外なところからだった。
胸を掻きむしるような強い想い、自分を寡黙に燃やし続けている人の言葉にはっとさせられた。
足踏みしている自分と、足踏みしてる場合じゃないことに気付かされた。
素直に感謝したいと思うし、自分を見失ってた自分に閉口した。
「あなたは幸福ってとても重要だとお考えになりますか?」
「幸福とは、生死に関わるほど重大であると同時に、問題にもならないくらい些細なものだとお答えしたら、わたしを気違いじみているとお思いになりますか?」
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さて、今週も週末を迎えたわけで、今夜は今日の、今週分の味がするビールを叩き込みたいとおもうわけで。
「〜したい!」と誰かが言うならば、その気持ちを最大限尊重することは、いかに難しいかは誰しもが知ってることなので、優しく微笑んでいられるようになりたいものです。
それでは、ミスティーで、スパイキーで、ボールドな週末を!
レッツshimokitazawa♪
