And so on.

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午前中に観音折6ページもののパンフレットを入稿。現在は夕方に入稿予定の2ページチラシのデータの入稿準備を終え、インターネットの海の中を巡回しています。

要するに、ヒマなのです。

連休前にドタバタとひと嵐が過ぎた後、今日はその残りを片付けつつ、週明けの仕事と週末のプライベートの予定の調整中です。

ラジオからフラテリスが流れとる。頭痛い。

社会人を始めたからといって、(よく考えれば当たり前で)一向に満足なギターを買える気配が無い。

このフラストレーションが半端じゃなくなってきたので、今週末〜来週末にかけて、とにかく一式揃えてしまう事に決めた。

アコギでガシガシとミュートをしながら曲作っても空回るし、部屋でフルストロークかき鳴らしたら、またベランダ向かいのオヤジの顔を拝む事になる。それはもうイヤだ。以前とは180度考えが変わり、近所付き合いは極力大人しくしたいと思ってしまう。

もうすぐ冬服の季節になって、それに合わせて冬モノのスーツも新調しなくちゃいけない。これまた当たり前だがバカらしい出費だ。そんなん買うなら機材とCD買いたい。

んー。

昨夜、スーパーで買って来た鶏肝から吹き出したドロドロの血に興醒めした。さらに煮付けたカレイの身の締まってなさに箸を置いた。ここ最近の晩飯で、一番気の抜けた結果になった。

◆◆◆「情弱」と「twitter」

最近のネット用語で、「情弱」ってゆうのがあるらしい。「情弱=情報弱者」。そんな事言われたらコワいね。

最近(ちょっと遅いけど)なにかと話題の「twitter(ツイッター)」に登録して使ってみてる。まだよく「つぶやき方」も「フォローの仕方」もわからない。けど、なんかカオスや。なんかカオスやなってのはわかる。情報量が半端じゃない。もちろん、無用なのは多いが、有用なのも多い。少ししか使ってないけど、その有用性は確かに納得できるなと思った。ほんとコワいね。

どこにどんな情報があって、いかに信憑性があって、新鮮度、信頼度、有用度、重要度、個人が必要な要素にどう関わっているか。

以前は「膨大な情報量から、いかに惑わされずに取捨選択できるか」という事が重要視されたけど、今は、取り込んだ情報を開示して、さらに展開・発展させて情報としての価値を定着させるプロセスが、アクセス面において容易になっているので、非常に活発になってる。情報鮮度が重要視されるため、修正・更新が目まぐるしく、情報が整理されないまま共有スペースに放置されてしまっている。「情報を能動的・積極的に選択し、自分のデータベースに加筆・修正を加え、整理・管理する」事が重要。社会でも日常でも、情報は「捨てる」ヒマが頭から省略されている局面にきていると感じる。その代わりに、「『無駄』を減らす為の『無駄』」が増えてるわけですね。

僕みたいな人間がその餌食になってる最たる例かもしれません。まさに喰うか食われるか。ベットするのは「時間」と「アドバンテージ」、そして「可能性」なわけです。

返ればデカイが、注ぎ込んだらばスッカラカン。まさに、ギャンブルと一緒。人生ですねぇ。

僕は相変わらずこのまま注ぎ込むモノが無くなるまでベットし続けたいと思います。

何かひとつでもいいから、これでもかというカタチをこの世に残して逝きたいものです。

それでは、また。

via. http://www.realussr.com/ussr/artistic-photography-shortly-before-perestroika/

一杯の湯割りを飲みながら

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大型連休が終わりましたね。
明日、明後日と出社して、また週末で休み。

シャワーを浴び、黒霧島のお湯割りを飲みながら、連休を振り返りつつ、PC机に向かっています。

慌ただしかった様な、ゆっくりできた様な。

全部ひっくるめて、いい連休だったと思います。

酒と音と人にまみれた数日間でした。

明日からはまた仕切り直し。

10月がすぐそこまで来てますね。

それでは、何だか胸が締めつけられる様な、そんな季節の移り変わりに、現を抜かせまくって駆け抜けていきましょう。心の盲目は決してマイナスではありません。

via. http://www.photosight.ru/users/244288/