最近ほんとにめっきり涼しくなってきて、夏があっと言う間に過ぎて行って、ちょっと秋が来るのが今年は早過ぎる気がしますね。
職場から帰る時に、ビル風が冷たくて寂しい気持ちになります。
でも、寒さと寂しさを感じると同時に、限りない優しさと暖かさを感じるのは何でなんでしょうかね。
記憶の中の暖かい 感覚を、脳みそが求めるんですかね。いい仕組みです。
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九月に入って何やら公私共に慌ただしくなってきた様な気がしています。この感覚は今までに感じ続けてきた、充足感を伴うタイプの慌ただしさなので、このままある程度一気に押し上げたいと思います。
注意すべきは、本軸以外の諸々に振り回され過ぎない事。基本的にそっちのほうが得意なので、重々気を引き締めておこうと思います。
けどもう今月はいっぱいいっぱい予定が詰まってきて、手帳の書き込み具合が一昔前と同じくらいになってきました。
旅の日々とは大違い。
このところ毎日、旅の日々を想わずには居られません。
「あの瞬間に何を思っていたか?」
「あの時の感覚と今の感覚の決定的な違いは?」
「人間の価値感覚の形成をコントロールする要因は?」
これらの疑問に対する、自分の感覚として認識できている答えを明言化するのは非常に難しい作業です。言葉をひとつ選び間違えると見当外れの理解へと導くことになるし、かといって、自分の感覚に準えて言葉を羅列させてもいけない。これらの答えを、ヒマを見つけては口に出して文章化してみるのです。走り書きでまとめては、書き直して。
非常に自分の中でウェイトの高い問題ばかりなので、慎重になってしまいます。
本当は、「頑是ない歌」の最終稿として、「頑是ない旅・総記:旅路の終わりと始まりの歌」というタイトルで文章を綴りたかったのですが、まとめあげるには時間が足りなかったし、簡単に触れるべきお題ではなかった。今もこうやってまとまらない間に、日々自己内で議論が進んでいきます。
どんどん考えが発展していく中で、現在の最大の焦点としては、「生活」と「旅」との間での価値感覚形成においての階層域は同帯に存在しているという事の説明なんですが、これを噛み砕くのが大変難しくて、解り易く表現しようとすると軽躁になり、思ったままに並べるとひどく難解になってしまう。
体験論をいかにそのままに具現化することができるか。装飾無く、欠如無く。文章力と構成力、表現力と柔軟性の問題になってきますよね。そんな事を考えだしたら、思考が本題から逸れるんですよ。もともと集中力が足りない。
目的と手段が入れ替わらないように。
道具の役割を間違えないように。
明日も何かひとつ、改善点を見つけるようにしたいと思います。
画像は、センタクバサミ状のクリップにライトが内蔵されたもの。紙きれを巻いて、暗い所に置けば、洒落た照明のアクセントに。目的も手段も、道具も役割も、言葉も意味も、みんなでパーティーです。
via. http://www.designboom.com/weblog/cat/8/view/7472/sungho-lee-led-pin.html